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大阪高等裁判所 平成6年(ネ)3103号 判決

控訴人

藤井元紀

右訴訟代理人弁護士

近森土雄

被控訴人

田中清

被控訴人

藤井ウメ

右法定代理人後見人

田中清

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士

以呂免義雄

主文

一  原判決を取り消す。

二  本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

事実

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人藤井ウメが、平成元年一二月一八日、奈良地方法務局所属公証人黒瀬孝導作成同年八四九号公正証書によってした遺言は、無効であることを確認する。

第二  当事者の主張

一  当事者の主張は、原判決一枚目裏九行目から同二枚目裏七行目まで(第二 事案の概要)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決二枚目表五行目の「土地建物」を「土地建物の持分一〇〇分の五五」と改める。

第三  証拠

本件記録中の原審及び当審における証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  確認の訴えは、即時確定の利益がある場合、換言すれば、現に、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許される。

ところで、本件は、被控訴人ウメの推定相続人である控訴人が、被控訴人ウメのなした被控訴人田中清を受遺者とする本件遺言が方式違反及びウメの意思能力欠如により無効であると主張して、ウメの生存中に、被控訴人らとの間でその無効確認を求めるものである。本件において、控訴人が保護を求めている利益ないし法律的地位は、遺言者が死亡したときに、本件遺言による遺贈に基づく法律関係がないという控訴人の利益ないし地位である。

ところで、遺贈は死因行為であり、遺言者の死亡によりはじめてその効果が発生するものであることは、被控訴人主張のとおりである。そして、遺言者は生存中は何時でも既にした遺言を任意に取り消すことができるから、一旦遺贈がなされたとしても、そのままの効力が生じるかは、遺言者の自由意思にかかっている点で、不確定なところがある。したがって、遺言者の生存中は、遺言の無効確認を求める訴えは、原則として不適法であると解される(最高裁判所昭和三一年一〇月四日第一小法廷判決、民集一〇巻一〇号一二二九頁)。

二  しかしながら、前記争いのない事実に、甲一ないし六号証、一一号証を総合すると、ウメ(明治四四年二月一五日生)は、既に昭和六三年ころから痴呆症状があらわれ、様子観察を受けていたが、夫藤井又五郎(明治四四年八月五日生、平成二年一一月二八日死亡)の入院により、自分も平成元年四月一三日から同年五月一四日まで奈良市春日病院に入院し、その後夫の再入院により、平成二年二月二八日アルツハイマー型老人性痴呆、白内障の診断を受けて、天理市奈良東病院に入院し、一時退院後、同年七月一七日に再入院し、現在に至るまで同病院の治療を受けていること、控訴人(昭和一四年二月一一日生、ウメの養子、昭和一七年一〇月三一日養子縁組)は、平成三年三月二六日に、ウメを禁治産者とし、控訴人を後見人とする旨の家事審判を申し立てた(奈良家庭裁判所平成三年(家)第三二六号、第三二七号)のに対し、被控訴人田中清(ウメの甥)も、同年四月八日に、ウメを禁治産者とし、被控訴人田中清を後見人とする旨の家事審判を申し立てた(奈良家庭裁判所平成三年(家)第三九一号、第三九二号)こと、そこで奈良家庭裁判所は、ウメの主治医である奈良東病院の坂本永医師に対しウメの精神鑑定(判断力、責任能力、自己管理能力の有無)につき鑑定を命じたこと、同医師は、平成四年四月八日にウメに対し簡易知能評価テストを実施した結果、二五点満点中僅か五点に過ぎなかったことを踏まえ、アルツハイマー型老年痴呆であると診断し、判断力、責任能力及び自己管理能力はないとの鑑定意見を提出し、ウメが高年令であること、過去の入院歴、二年間にわたる経過観察が芳しいものでないこと等を総合して、回復は望めないと診察したこと、同家庭裁判所は右鑑定の結果に基づいて、日常生活での異常な行動はないものの、財産の管理等について合理的な判断をする能力は全くなく、その高齢からして病状が改善される見込みはないので心神喪失の常況にあると認定、判断し、平成五年三月一五日に、「ウメを禁治産者とする。被控訴人田中清をその後見人に選任する。」との審判をし、同審判は確定したことが認められる。

右認定事実によれば、ウメは既に相当の高齢である上、長期間にわたりアルツハイマー型老人性痴呆で入院治療を受けているが、現在の精神能力は合理的な判断能力を欠如しており、平成五年には心神喪失の常況にあるとして禁治産宣告を受け、病状は回復の見込みがない状況にあるのであって、これらの事情にかんがみると、ウメが生存中に本件遺言を取消し、変更する可能性はないことは明白である。

このように遺言者が遺言を取消し、変更する可能性がないことが明白な場合には、将来必ず生じる遺言者の死亡を待つまでもなく、その生存中であっても、例外的に遺言の無効確認を求めることができるとするのが、紛争の予防のために必要かつ適切と解すべきであり、本件遺言無効確認の訴えは適法というべきである(前記最高裁判例はこのような事案に関するものではない。)。

三  以上によれば、控訴人の本件訴えは適法と認められるので、民事訴訟法三八八条に従い、これを不適法として却下した原判決を取り消したうえ、本件を第一審裁判所である大阪地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井関正裕 裁判官鏑木重明 裁判官岩田眞)

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